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エッサイ

2013 / 10 / 15

無所属の時間

無所属の時間

ホテルにひとりでいる。外は雨。雨音は聞こえないけれど、窓から見おろすと、
アスファルトが濡れているのがわかる。すぐ手前に立つ都庁のビルははっきりと見えるけれど、
その向こうの新宿公園の緑はけぶっている。「起こさないでください」というプレートをドアノブにかけた。

午前中に予定していたインタビューが、先方の急用で流れた。インドでのCM撮影で、編集作業が遅れて、
帰国できなくなったというメールが送られてきていた。CM制作は、撮影よりも、編集作業で時間の遅れが起こることの方が多い。まして、インドなら・・・。

何かの本で、こういう予定と予定の間に、ぽっかり空いた時間のことを「無所属の時間」と誰かが書いていたことを思い出した。いい表現だ。

ふつうの日でも、予定がはいっていない時間ならいくらでもある。
そういう時は、大学にいるときなら、自分のメールボックスに溜まった郵便物の束を整理しに事務室に足を運んだり、
そこで出会った同僚と話しこんだりで、時間つぶしの仕方にことかかない。でも、雨の日のホテルで突然空いた時間は、ほんとうに、無所属だ。

重力から解放されたようなこの感じは、以前、別のどこかで味わった気がしてきた。スペインの町で、
ナイフを売る店のショーウィンドウをひとり眺めていたとき、これと同じような感覚におそわれたことを思い出した。

それは、寂しいとか、孤独とか、そういったネガティブな気持ちではなく、だれも私の中に入り込んでこない、
何もかもから離れたところに身を置いた、自分のことを自分だけが見つめている、ひと時だ。遠くからサイレンの音が聞こえてきて、またやがて遠ざかっていった。

昼少し前、部屋を出た。ホテルのエントランスの自動ドアが開くと、目の前のケヤキの枝が大きく揺れていた。
ちょっとした嵐だった。つかの間の時の異邦人を終え、私はふたたび、世間に帰ったのだった。