デザイナーのSさんは、私の尊敬するクリエイターの一人だ。もちろん、私ならずとも、
広告の世界にいる人なら、Sさんのデザインディレクションは憧れの的だと思う。先日、そのSさんの仕事場をたずねた。
彼の作品は今までいくつも見てきたが、ご本人に会うのは初めてだった。
それなのに、「えっと、前にお会いしたのはいつでしたっけ?」といった感じで迎えてくれた。
キレと暖かさの同居する、その仕事ぶりそのままの人柄だった。
前からSさんに会いたかったのは、作品の良さもあるが、発言の言葉のはしばしに、
クリエイティブの世界に生きている人たちを励ます気持ちがにじみ出ているからだ。例えば、Sさんのインタビュー記事の中に、こんな文章がある。
「昔、JR九州のポスターをつくっていたことがあった。九州の駅にしか張られてないポスターだったのですが、
ある日、ぼくの所に佐賀出身のデザイン学校の女の子が訪ねてきた。自分が美大に行こうと思ったきっかけは、
そのJR九州のポスターを駅で見たからだと言うんです。当時は高校生ですよね。
ぼくがつくったポスターに足を止めて、少しオーバーな言い方かもしれないけど、彼女は人生を決めた。
そういうことを聞いたりすることがぼくらを支えているところがある」。
さらっとこの文章を読むと、女の子を救ったのは、一見、Sさんのように見える。
いろいろ将来のことを迷っていた女子高生の人生を決めたのは、Sさんの広告ポスターだったからだ。
でも、最後のワンセンテンスをじっくり読み返すと、救われているのは、実はSさんの方だということがわかる。
自分のした仕事で、自分の見も知らない人が、人生を変えることだってあるんだ、
だから、どんなに苦しくても、がんばっていい仕事をしようじゃないかと言っているのだ。
Sさんは、一流デザイナーと言われる人たちが、ほとんどそうであるのと違って、美大卒ではない。
都立工芸高校のデザイン科の出身だ。高校を卒業して最初に入った会社は、社員が三人だった。
以降、いわゆる中小の制作会社、広告会社を転々とする。デザイナーを夢みて上京した九州の女子高生は、かつてのSさんそのものだったのかもしれない。
帰り際に、Sさんは私に、「いい学生を育ててくださいね」と声をかけた。それは私に、「いい仕事をしてくださいね」と言っているように聞こえた。