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インタビュー

2013 / 05 / 03

岩田 康子


ブルーベリーフィールズ紀伊國屋

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○ ブルーベリーフィールズ紀伊國屋

http://www.bbfkinokuniya.com/

○ カフェテリア結

http://www.bbfkinokuniya.com/cafe_yui.html

○ ソラノネ食堂

http://soranone.jp/cafe/

レストラン&カフェ棟からのぞむブルーベリー畑。遠くには琵琶湖も。

ちっちゃなおにぎりを渡して、美味しいねと言ってくれる、ちっちゃいけど、この手の中に包み込みたいという幸せ。私は、この気持ちを大切にしたいのです。

大津市・伊香立で、ブルーベリーの農園とフレンチレストラン・カフェ「ブルーベリーフィールズ紀伊國屋」を営む岩田康子さん。彼女はそこから臨む景色を「スイスのレマン湖のような景色」と讃える。岩田さんは、京都生まれ、京都育ち。知り合いを通じ、琵琶湖を臨む今の場所のことを知る。行ってみて分かったことは「農地か農業用地でないとここは買えない」という事実。「そのときに自分のこれからの生き方を考えました。大地に這いつくばってものをつくる。それは人間として今まで足りなかったものを埋めてくれる、とても大切なことではないか」と。

―琵琶湖の土地にブルーベリーは合っていたのですか。

岩田―実は、赤土の粘土土はブルーベリーに合っていません。お米には合っているんですね、水が漏れないから。それと雑草がたいへんでした。朝早く、子供が起きる前から草引きをしていた私が指導されたのは、除草剤でした。でも、消費者の立場のときは、除草剤なんて使わない方がいいと思っていたわけですから、「立場を変えてもそれは使わない方がいい」と、一人の人間として思いました。そこで除草剤を使わずに育て始めました。結果的に、かたい粘土土に雑草が根を張り、隙間をあけてくれました。そうして有機栽培のやり方を学んでいきました。

―ジャムづくりも、一からのスタートだったわけですよね。

岩田―ジャムづくりの講習で最初に教えられたのは、果物+水、ということでした。でも、私は水を入れずに作りました。私は自分で作っているのですから、香り、色、艶、口どけ具合、甘さと酸っぱさが混じったところなど、そのままのおいしさをイメージできるのです。例えば水を入れると、保存料が必要になって味も変化します。
やがて京都の高島屋さんが売りたいと言って来られました。とんでもございません、品質表示とか、そんな難しいことは農家ではできませんとお伝えしました。しかし高島屋さんは、「高島屋の棚に一個でもいい」と言ってくださった。そのとき、土に這いつくばる生産者がつくる、誠実なものを扱っていきたいというメッセージを受け取ったような気がしました。それが評判をよび、ジャムはやがて東京・日本橋の高島屋でも出させてもらうようになりました。

―ジャムだけでなく、「カフェテリア結(ゆい)」、「ソラノネ食堂」など、岩田さんの経営には、共通した世界観がありますね。

岩田―「カフェテリア結」は、成安造形大学の学生達がセルフビルドで作ったカフェです。稲藁を使ったストローベイルは、学生が地元の大工さんに教わりました。大学の方からは、地産地消につながるようなところに入ってもらいたい、とお声がけ頂きました。適正な価格でしたいというプレゼンをしたところ、「ぜひ来てほしい」と。ここも琵琶湖が見えて、景色に恵まれています。「ソラノネ食堂」は、ある方が高島市の安曇川(あどがわ)の農地を借りてもらえないかと言ってこられたことから始まりました。オーガニックでやろうと思ったら精一杯な広さです。息子に「あなたがもしやるなら借りるけれど」と聞きました。息子は、「植えるところの一から、やれるなら」と言って東京から帰ってきて、今「ソラノネ食堂」をやっています。

* ストローベイルとは、藁・小麦・大麦などをブロック状に圧縮して固めたものを積み上げて造る工法のこと。

大自然の中の「ソラノネ食堂」大自然の中の「ソラノネ食堂」

 

―「ソラノネ」というネーミングもおもしろいのですが、「食堂」という表現もおもしろいですね。

岩田―今、若い人の食が乱れています。つくるという楽しみをまず知らない。誰かのためにつくるという気持ちのふくらみを知らない。そして、出かけて行って、レストランで食べる楽しさも、あまり知らないように見えます。3分でご飯、とかありますでしょ。便利で、減っているお腹を満たすことは出来ても、心は失っていく。誰かのために時間をかけてつくるということが減っている。そんなことを思っていたとき、「ソラノネ食堂」につながるひとつのヒントに出会いました。愛媛県内子町に講演に行ったときのことです。講演の翌日、お昼に呼んでくださったお家がありました。「岩田さん、釜戸でごはんを炊いたことはありますか」と言われました。ふつう台所の釜戸は、お客さんを通さないところですが、ここでいつもご飯を炊いていると言って見せてくださいました。そして、蒸らしが終わってご飯をおひつに移した後で、小さなお焦げをまとめて握って、「はい、お駄賃」って私にくれたんです。本当にびっくりして。こんなに心に響くなんて、釜戸で炊く、火を扱うこと、それが家の中にあるという豊かさ―、物凄いヒントをいただいたのでは、と思いました。「ソラノネ食堂」では、来たお客さんに釜戸でご飯を炊いてもらおう、親子や、カップルで、火をつけてご飯炊いて、それを食べてもらおう、本当の豊かさが伝わるところとして作りました。

―岩田さんのなさることは、何が一番大切なのかというところが、どれもきちんと押さえられている気がします。

岩田―本質的なものが最初にあれば、順番は関係ないんです。「ここの『結』も、景色がご馳走ですね」とおっしゃる方がいる。「ソラノネ食堂」も、テラスがご馳走です。場所からいただいた付加価値をいただいています。

―お話を聞いていますと、「本当の幸せ」とか、「本当の豊かさ」ということについて考えさせられるような気がしてきました。

岩田―ブータンじゃないですけど、「幸せって何」っていうことですね。ソラノネでも、やってきた子供たちが、美味しい美味しいって言うんです。あるとき、一人の子が「これ持って帰っていい?」と。今日来ていないお母さんに食べさせてあげたいと、自分から言うのです。経済至上主義、そして、グローバルを追い求めている大人たちがいる一方で、その子のような、「あの人にこれも分けてあげたい」という分かち合いの気持ちの方がずっと大切な気がします。

インタビュアーの+α

「土に這いつくばる」、「誰かのためにつくるという気持ちのふくらみ」。岩田さんの口から紡ぎ出される、美しく強い織物のような言葉の一つひとつに、暖かく包まれたような感覚を覚えました。結果やスピードを追い求めるなかで掌からこぼれ落ちてしまった温もり。
プロセスという名の糸を、一本一本紡いでいくことが幸せということなのかもしれません。「比べること」「計ること」そこから始まる連想を人口分掛けていくような社会ではなく、とめどなく溢れる言語化や測量化できないものの中に、豊かさや美しさがあるなら、私たちの向かう先は、絶える事のない温かさで満たされる。まずは今日いただくいのちから、考え直してみたいと感じました。

インタビュアー

佐藤 星麗奈???Serena Sato

立命館大学経営学部2008年度卒業生、化粧品メーカー勤務。卒業時にゼミ担当教員にもらった「仕事にもう一つ、自分の軸を沿わせる」という言葉を実現すべく、プライベートでは農業・食・地域・マイクロファイナンス・NPOなどのソーシャルセクターに関心を持つ。「半農半X」のX(エックス)を探し中。