大津市・伊香立で、ブルーベリーの農園とフレンチレストラン・カフェ「ブルーベリーフィールズ紀伊國屋」を営む岩田康子さん。彼女はそこから臨む景色を「スイスのレマン湖のような景色」と讃える。岩田さんは、京都生まれ、京都育ち。知り合いを通じ、琵琶湖を臨む今の場所のことを知る。行ってみて分かったことは「農地か農業用地でないとここは買えない」という事実。「そのときに自分のこれからの生き方を考えました。大地に這いつくばってものをつくる。それは人間として今まで足りなかったものを埋めてくれる、とても大切なことではないか」と。
―琵琶湖の土地にブルーベリーは合っていたのですか。
岩田―実は、赤土の粘土土はブルーベリーに合っていません。お米には合っているんですね、水が漏れないから。それと雑草がたいへんでした。朝早く、子供が起きる前から草引きをしていた私が指導されたのは、除草剤でした。でも、消費者の立場のときは、除草剤なんて使わない方がいいと思っていたわけですから、「立場を変えてもそれは使わない方がいい」と、一人の人間として思いました。そこで除草剤を使わずに育て始めました。結果的に、かたい粘土土に雑草が根を張り、隙間をあけてくれました。そうして有機栽培のやり方を学んでいきました。
―ジャムづくりも、一からのスタートだったわけですよね。
岩田―ジャムづくりの講習で最初に教えられたのは、果物+水、ということでした。でも、私は水を入れずに作りました。私は自分で作っているのですから、香り、色、艶、口どけ具合、甘さと酸っぱさが混じったところなど、そのままのおいしさをイメージできるのです。例えば水を入れると、保存料が必要になって味も変化します。
やがて京都の高島屋さんが売りたいと言って来られました。とんでもございません、品質表示とか、そんな難しいことは農家ではできませんとお伝えしました。しかし高島屋さんは、「高島屋の棚に一個でもいい」と言ってくださった。そのとき、土に這いつくばる生産者がつくる、誠実なものを扱っていきたいというメッセージを受け取ったような気がしました。それが評判をよび、ジャムはやがて東京・日本橋の高島屋でも出させてもらうようになりました。
―ジャムだけでなく、「カフェテリア結(ゆい)」、「ソラノネ食堂」など、岩田さんの経営には、共通した世界観がありますね。
岩田―「カフェテリア結」は、成安造形大学の学生達がセルフビルドで作ったカフェです。稲藁を使ったストローベイルは、学生が地元の大工さんに教わりました。大学の方からは、地産地消につながるようなところに入ってもらいたい、とお声がけ頂きました。適正な価格でしたいというプレゼンをしたところ、「ぜひ来てほしい」と。ここも琵琶湖が見えて、景色に恵まれています。「ソラノネ食堂」は、ある方が高島市の安曇川(あどがわ)の農地を借りてもらえないかと言ってこられたことから始まりました。オーガニックでやろうと思ったら精一杯な広さです。息子に「あなたがもしやるなら借りるけれど」と聞きました。息子は、「植えるところの一から、やれるなら」と言って東京から帰ってきて、今「ソラノネ食堂」をやっています。
* ストローベイルとは、藁・小麦・大麦などをブロック状に圧縮して固めたものを積み上げて造る工法のこと。