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エッサイ

2013 / 05 / 03

欲しいもの

欲しいもの

作年の暮れで二回目を迎えた湖西高島市で開かれる「風と土の交藝」イベントの話を聞きに、家具作家Oさんの家をたずねたときのことだ。そこは、木立に囲まれた、いかにも山荘風の住まいだった。

工房にかざってあるものも含めて、何点かの作品を見せてもらったあと、リビングに案内してもらった。森からの風が心地よく部屋を吹き抜けた。そこで、小さな花が飾ってあった角皿に、目がとまった。

良いものとは不思議なもので、これまでたくさん見て来たようなものでも、一瞬にして、これは初めて見るものだという確信めいた感じを与える。お願いして、花と器をはずしてもらい、皿に触らせてもらうことにした。

手にとってみると、見た目よりもけっこうな重さを感じた。

「重いですね」

「欅(けやき)ですから」

私がその皿に興味をもったのを知って、Oさんは、奥から、同じ作品で売り物にしているという、栗で作った別の皿を持ってきた。色も形も、うり二つだが、どうしたって欅の皿にかなわない。両手に置いて、二つを比べてみると、明らかに栗の方は軽かった。二つ並ぶと、やはり人の目は、重さの違いを見抜くのである。

「欅は硬いですから、仕事がたいへんなのですが、栗ならもっとやさしいので」

と、Oさんは答えられた。

二、三人つれだって、お伺いしたのだが、その角皿が目にとまってからは、Oさんと連れの話が、まったく上の空になってしまった。気がついたら、みんなが大笑いしているようなときでも、私だけ、じっと皿ばかり見つめているようなことになっていた。

小一時間して、いとまごいの挨拶をかわす段になって、まわりの人たちが部屋から消えた後、思い切って、Oさんにたずねてみた。

「これを、ゆずっていただけませんか」

「栗の方でなくて、よろしいのですか」

Oさんは、少し驚いた様子だった。そして、新品ではありませんからと、言われた値段は、私の予想を大きく下まわっていたので、一も二もなく、ゆずっていただくことにした。

以来、欅の角皿は、夕暮れ時になると、ワイングラスとつまみを乗せて、おごそかに私の傍らに現れることになった。