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エッサイ

2013 / 05 / 03

床屋談義

床屋談義

行きつけの床屋さんでのやりとり。

「また、桜が咲きましたね」

「桜が終わったら、また、夏が来て、毎年、同じことの繰り返しですよ、お客さん」

「同じことを繰り返すから、床屋さん、もうかるんじゃない? 頭を刈って、また髪が伸びる。その繰り返しで」

「ありますね。でも、床屋がやってゆける、もっと大切な理由、知ってますか」

「・・・・・」

「頭ってのはね、自分じゃ刈れないんですよ。一人じゃ刈れないでしょ、絶対」

そうか、自分のアタマって、自分じゃ散髪できないんだ。だから、床屋さんの仕事があるのか―なるほど。
でも、自分じゃできないないことって、他にもあるよね。例えば、テレビを作ったり、パソコンを作ったり、
とても僕には作れない。それに、野菜とか、お米を作ったりするのも、たぶん、僕じゃ無理だな・・・。

先日、結石が尿管に詰まって、救急車で病院に運ばれた。尋常ではない痛みで、正直、
もう、これで終わりかなと思った。激しい痛みで、目は開けていられなかったが、なぜか、
耳だけは、正確に働いていた。だから、顔は全然見ていないのだが、救急隊員の人たちが、
あんなに冷静に、しっかりと、人の命を救ってくれる人たちだとは、思ってもみなかったことだった。

一週間後、病後の検診に再度、病院に行ったら、おそらく誰か急患の人を運んできたと
思われる救急隊員の人たちが、3人ほど待合室の席に座っていた。たぶん、僕のときも、
同じように、自分たちの任務が終了するまで、外でちゃんと待機していてくれたに違いなかった。頭が下がる思いがした。

「一人じゃできないでしょ、絶対」。そうか、一人じゃできないし、僕たちは、絶対、
一人じゃ生きてゆけないんだ、と思うと、不思議に、自分がこの世界にいる意味、自分が社会で
やらなければいけないことが、なんだか見えてくるような気がしてきた。