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エッサイ

2013 / 09 / 04

八浪二郎

八浪二郎(はちなみじろう)

東京でテレビコマーシャル制作の仕事をしているゼミのOBから、
仕事のかたわら、自主制作した短編映画のDVDが送られてきた。タイトルは「八浪二郎」。
大学受験で八浪する男の物語だ。本人も大学に入る前、二、三年浪人していたような気がするから、
八浪は大げさにしても、なんとなく自伝的要素の強いストーリーだ。

三浪あたりまでは、まだ青春の香りも漂うが、四浪、五浪となってくると、
明らかに社会のアウトサイダー的雰囲気になってくる。つき合っていた女性には逃げられ、
ビデオ屋で証明書を求められても持ち合わせるものがない。昔の友人はすでに大学を卒業して社会人になるころ、
バイト先の焼き鳥屋の主人から、「社員にならないか」と誘われる。主人の誘い文句―「おまえは、焼き鳥顔だろう」というセリフがいい。
ちなみに、主人公は、制作者本人が演じている。たしかに、彼が焼き鳥屋をやったら、繁盛するだろうと思う。

いよいよ八浪に突入した八浪二郎は、大学進学をあきらめ、親戚のじいちゃんを頼って、
北の海で昆布漁を手伝う決心をする。「お前がおれの仕事を継いでくれるとは思わなかったなあ」と
しみじみ言うじいちゃんと囲む夜の食卓の鍋敷きは、長年、使い古した数学の参考書だ。

観終わって気づいたのは、本人自身がまだ八浪している気分なのかもしれない、ということだった。
彼は、学生時代から、広告制作をふくめて、映像づくりの世界に進むことが希望だった。
彼がついている今の仕事も、その領域には間違いないが、本人としては、どこか違う、まだ本籍を得ていない浪人気分なのだろう。

でも、それでいいんじゃないだろうか。なんだか若いうちからすっかり所を得て、首からIDカードをぶらさげて、
さっそうとオフィス街を闊歩しているような人物は、人生というものを、早い時期から取り違えているような気がする。
ある日、焼き鳥屋の主人が、「オレは若いとき、映画を撮るのが夢でねえ」なんて言ったら、その方がずっとまっとうな人生だろう。

秋になったら、今度、ゼミの学生たちと作るコマーシャル制作を、八浪二郎君にいっしょに手伝ってもらおうと思っている。