あえて上田君と呼ばしてもらう。と言うのも、彼は、私が以前いた広告会社のマーケティング局の後輩なのだ。とはいえ、入社の当時から才気煥発、行動力もありで、長く組織にとどまる人ではなかった。入社は私の十年ほど後輩だが、私よりも二年ほど早く社を去っていった。独り立ちしてからも、もちろん彼の活躍の方が私などよりはるかに上で、スペースポートがプロデュースする「Think the Earth」は、地球環境保全に関わっている人なら、その活動について知らない人はいないはずである。
―上田君をこういうビジネスというか、活動に突き動かしているものは何なのでしょうか
上田―正直、やっていて楽しいからです。たとえば、小さいころ、カブト虫を捕まえたり、トンボを追っかけたりするのは、楽しくて仕方なかったでしょ、あれとまったく同じなんです。自然や世界の不思議のことを深く知ったり、考えているとワクワクしてくるんですよ。
―そのワクワク感を、具体的にお話してもらえますか。
上田―先日、日本の森をいくつか見てまわったんです。日本の森は、60年前くらいに国の政策でいっせいに植林が始まったんですが、その後、安い輸入材が入ってきて、森林の手入れがされなくなった。知られているように、間伐をしないと樹木に陽があたりませんから、どの木も、ひょろ長く上へ上へと伸びていくわけです。当然、一本一本の木の根は広く強く張れませんから、丈が長い分だけ不安定になります。そこで、去年の夏、奈良や和歌山であったように、大雨が降ると地盤が一気に崩壊してしまうようなことが起こるわけです。現在、そうした不安定な森が日本全体の40%くらいに達していると言われています。さて、これをどうするかですが、たとえば、こうした状況を解決するためのアイディアに出会ったりすると、楽しくなってくるんです。
―なるほど。良いアイディアはあるのですか。
上田―要は間伐をして、日当たりを良くすればよいのですが、人件費はかかるし、木材を山奥から運び出すための機材や林道の整備のことを考えると、コストが合わないのだそうです。また伐採された木材は水分を多く含むため、材として使うために機械で乾燥させる必要もあります。
ところが、私たちが主宰した「みずのがっこう」の授業の一貫で、NPO法人「森の蘇り」の活動に参加して、「皮むき間伐」という、樹木の表面に近い部分だけ剥がして、立ち枯れさせる興味深い方法に出会いました。維管束という、樹木の水分や栄養分の通り道だけを取り去るのです。そうすると1年ちょっとで立ち枯れて、含水率が20%程度まで減り、木の重さも軽くなるので、運搬もずいぶん楽になる。僕も実際に皮むきをやってみましたが、楽しいし、子供でもすぐにできるほどかんたんです。課題を乗り越えて、うまく普及させれば素晴らしい解決策になると思いました。
―今回の福島原発の事故に関連してですが、日本の今後のエネルギー政策について、どう考えますか
上田―基本的には原子力発電は無くなってほしいと思っていましたが、福島の事故までは、私も原子力発電によるエネルギーはしばらくの間は必要だという考えでした。なぜなら、風力や太陽光発電などの自然エネルギーだけでは、どうしても日本が必要とするエネルギー全体をまかなえないと思っていたからです。ところが、ご存知のように、現在、日本にある54基の原子炉のうち、稼働しているのはゼロです(2012年5月29日現在)。昨年の夏は節電でたいへんでしたが、やろうと思えば、原子力抜きでやっていける可能性が見えてきたと思います。原子炉の寿命は40年といわれていますから、これから新たな原子炉を作らなければ原子力発電所は減っていきます。この40年を利用して、自然エネルギーへ転換してゆけばよいのです。
―原子力エネルギーの問題もふくめて、いわゆる持続可能な発展を日本はうまくやっていけるのでしょうか。
上田―自然エネルギー政策への転換をうまく進めているヨーロッパの国々を見てみますと、海に囲まれたデンマークは洋上風力、火山の国アイスランドは地熱、スウェーデンは森林が多いのでバイオマス、ドイツは中緯度で日照時間がとれますから、太陽光発電を推進しています。考えてみれば、洋上風力、火山の地熱、森林バイオマス、太陽光、これらはすべて、日本でも利用可能なエネルギーなのです。さらに川が多い日本は、小水力発電も有力です。日本は、自然エネルギーには恵まれている国と考えていいのです。
―私の大学は滋賀県にあるのですが、たとえば地域として、滋賀県でも、環境と経済のバランスをはかりながら、うまくやっていけるでしょうか。
上田―北欧の国々が環境保全の面で、どうしてあんなにうまくいっているのかというと、決まって、日本とは違って人口が少ないからだという議論になります。たしか、デンマークが500万人、スウェーデンが900万人くらいの人口でしょう。だったら、日本も県単位くらいでいろんな施策を推進してゆけば良いのです。滋賀が人口140万人なら、滋賀県だけで食料自給率、エネルギーの自給率の目標を作って押し進めればいい。県単位で考えれば、どこの県だって、北欧諸国みたいになれるんですよ。
もちろん、経済面では、東京や大阪などの大都市とのつながりは必要でしょう。けれど、いざという時にそなえて、各県がそれぞれに、食料やエネルギーの自給率をできるだけ高めておくことは必要です。
―これまでの日本のように、経済力だけが強い地域がリードする時代は終わったということでしょうか。
上田―そのとおりです。全県の中で、自然エネルギー自給率が一番高い県は、どこかご存知でしょうか。答えは大分県です。温泉熱があることを優位性と考えて地熱エネルギーを中心に普及を進めてきました。たとえば日本地図を作って、エネルギー自給率の高い地域順に色分けしてみるとおもしろいでしょう。東京や大阪などは当然、低い方に色分けされてしまう。食料自給率もそうです。このまま行けば、2050年には世界の人口は90億人を超えると言われていますから、食料が足らなくなるのは目に見えています。そのとき日本のどの地域がピンチに立たされるか、よくわかるはずです。
※(上田補足)
2011年10月と12月に、千葉大学の倉阪秀史教授とNPO法人環境エネルギー政策研究所の共同研究として再生可能エネルギーによるエネルギー自給率のポテンシャルを日本地図にマッピングした「永続地帯2011年版報告書」を発表しています。
http://sustainable-zone.org/index.php