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インタビュー

2013 / 05 / 03

田中 里沙


宣伝会議取締役副社長・編集室長
事業構想大学院大学 教授

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琵琶湖のある滋賀県は、もっとも資産を生かしきれていない県のように思えます。

宣伝会議は、名前のとおり、宣伝に関する情報発信企業だ。その事業は、雑誌発行、出版事業、教育事業、
イベントの実施など種々あるが、田中里沙さんは、そのメイン誌「宣伝会議」の名編集長として名をなした人だ。
この業界は、どちらかといえば男社会といってもよい世界だが、そうした中にあって、しなやかな田中さんの存在は際立っている。
そして、昨年、東京・表参道に開学した「事業構想大学院大学」の教授もつとめている。誇張でもなんでもなく、
コミュニケーション界のスーパーウーマンとも呼ぶべき人である。

―田中さんは、コミュニケーションのエキスパートといっても良い方だと思いますが、まず、
地方のブランドづくりをうまくやっていく上で、何か良い方法があればお聞きしたいのですが

田中―全国の状況を見わたしますと、滋賀県も含んで、地域の情報発信は断片的になっている印象があります。
単体の名産品、名勝地などが単語で存在し、キーワードが並んでいる感じでしょうか。
滋賀県でいえば、琵琶湖、鮒寿し、信楽焼きなど、特徴的で魅力的なものが多数ありますが、
つながりやストーリーが見いだせないとそれ以上の想像ができないのです。地域にある美しい風景、
美味しいものは独自性があるにも関わらず、どこも同じように見える、というかたちにしてはもったいない。
その土地にしかない歴史、伝統、風土などに基づく物語が伝わると、より多くの人の心に印象的に届くのではないかと思います。

―そうした原因は何だと思われますか

田中―情報発信にも柔軟性が必要なのだと思います。今日では、テレビや新聞などのマスメディアだけでなく、
街かどのデジタル看板や、店頭の冊子、携帯電話、スマートフォンなど、生活者とのあらゆる接触点(コンタクトポイント)を意識する必要があるでしょう。

また、時間軸でいうと、何かひとつのコンセプトで、継続的にコミュニケーションができていないのでは、と思います。
おそらくそこには、自治体の予算的な問題や、担当者がめまぐるしく変わったり、熱心な担当者がいても、
次の人がそうでもなかったりで、せっかくうまくいっていたキャンペーンが尻切れトンボなったりすることがよくありますね。

―コンタクトポイントのお話がでましたが、最近のデジタルネットメディア、
とくにSNS(ソーシャルネットワークサービス)と、地域のブランドづくりの関係について、どう思われるでしょうか。

田中―ネットメディアの特徴のひとつは、ユーザーの方から検索システムを使って主体的に、
好きなときに情報にアプローチできることです。そして、情報環境の発展によって、企業のみならず、
誰もがブログやツイッターなどを気軽に活用し、情報発信者になれるようになりました。入手できる情報が極端に増えたということは、
それだけ個々の情報が目立たなくなるということですし、発信の上手なところが注目されるという傾向も見えています。
控えめにしていては存在が薄れますので、マスメディアから地域メディアまで、あらゆる機会を活用して、
自らの良い点をどんどん伝えて理解してもらおう、好きになってもらおうという意欲と意識を持って行動することが、地域のブランドづくりの第一歩だと感じます。

―ネットとマスメディアのそれぞれの特徴について、もう少し教えていただけますでしょうか。

田中―マスメディアには歴史と豊富な経験がありますので、企業の信頼感を作り上げるにはマスメディア広告が優れていて効果的だと言えるでしょう。
企業に親しみを持ってもらう点では、継続的に接点が持てるネットメディアの方が適しているかもしれません。
ネットは双方向ですから、ユーザーの方に参加意識が出やすいのです。コカ・コーラパーク
というのをご存知でしょうか。サイトの会員になると、無料でゲームが楽しめたり、キャンペーンの景品が当たるというものです。
これまではテレビCMでコカ・コーラのコマーシャルを見たときとか、実際にコーラを飲んでいるときだけが、コカ・コーラとの接点だったのですが、
このサイトによって長い時間、コカ・コーラといっしょの時間を過ごすことになりますから、企業や商品に親しみがわいてくるのです。

地域の情報発信でいえば、今「ゆるキャラ」が人気ですから、生活者に支持されているものと地域、メディアをうまく組み合わせると、
もっと親しみやすい地域からの情報発信ができるかもしれませんね。

―昨年の4月から、宣伝会議さんの関連で事業構想大学院大学をスタートされましたが、
ここには、地域の発展を新たに考える人材育成も目標のひとつに掲げているとうかがいましたが。

田中―2012年に文部科学大臣の認可を経て設立した事業構想大学院大学は、
企業の新規事業担当者、事業承継者、起業家、地域活性の担い手の方々を主な対象としています。
現在、第一期生が35人学んでいますが、関西や中部など遠方から通っている院生もいます。社会の一翼を担うビジネスをしたい、
地域を発展させたい、といった使命感や志を持ち、構想を考える人たちには仲間が必要です。
事業構想大学院大学には専任の教授に加えて、さまざまな分野で活躍する実務家の方を多数ゲスト講師に迎え、
最先端の話を聞き、院生と共に議論をしています。少数で小規模な大学なのですが、
他の場では絶対にできないようなネットワークや人脈づくりができることが強みで、注目していただいているようです。

事業構想大学院大学のキャンパス内事業構想大学院大学のキャンパス内

―大学院の略称が、MPD(Master of Project Design)となっていますが、どういう意味でしょうか。

田中―既存の枠組みの中では経営管理(MBA)の能力が発揮されますが、
事業構想のように理想をもって未来を切り開く領域においては、それを超えた力が求められます。
本学を修了すると事業構想修士(MPD)が取得できますが、このMPDはMBA+クリエイティビティという概念です。
当事者意識を強く持ち、何かを成し遂げようとする人たちが集まる場所ですから、院生も教える側も真剣勝負です。
資格や学位を取得する、権威を得たいという形ではなく、ここで学んだ人たちが自分の会社や地域にもどって活躍することで、
経済は活性化します。地域で言えば、中央のシンクタンクに頼らなくても、きっと、地域づくりのマスタープランづくりから実践まで担ってくれることと期待しています。

インタビュアーの+α

メディアは大変化をとげている。それに追いついてゆくために、広告会社も変化を余儀なくされている。
そうしたメディアや広告会社の中には、変化について行けず、脱落していくところも少なくない。
そんな中、宣伝会議は元気だ。元気どころではなく、現代のコミュニケーション界の中心にあるようにさえ思われる。
組織的な経営のうまさもあるのかもしれないが、その理由を、田中さんの存在に求める人も少なくないのではないだろうか。

初めてお会いしたのは、もう十年くらい前のことだが、今は、社内での肩書もずいぶん偉くなられ、
またビジネススクールで教えてもいらっしゃる。ただ、今回あらためてお会いして感じたことは、
そのお考えのバランスの良さだ。こうした業界は、半歩でも先を行くことが至上命題だ。だから、時としてバランスを失う。
そうならないのは、手持ちの情報も豊富で、かつクレバーな田中さんだからこそできることだと思った。