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エッサイ

2014 / 09 / 04

あすなろ

あすなろ

大学の同僚の先生に連れられて、京都の銘木(めいぼく)屋さんを訪ねた。銘木とは、おそらく聞きなれない言葉かもしれない。店の方の説明によれば、
家の土台や柱など、目に触れないところの材木を用立てするのが材木屋さんで、一方、床の間や化粧材など、目に見えるところの材木を用立てするのが銘木屋さんの仕事だそうだ。

今回たずねた店は、数少ない銘木屋さんの中でもとくに老舗で、かの坂本竜馬が、京都で暗殺される二、三日前まで身をかくしていた家でもあるらしく、
そう語る女主人もまた、なんとなく豪気な雰囲気を漂わせた人だった。

銘木屋さんの仕事は、材木の注文に応じるだけかと思っていたが、話を聞くうちに、床の間の空間づくりそのものまで手がけることがわかってきた。
案内してくださった材木置き場にも、さすが京都の銘木屋らしく、床柱(とこばしら)用の北山杉の磨き丸太がずらり並んでいた。

数寄屋の床の仕様は、施主の意向に従ってなされる。中でも、その中心となるのが床柱にどんな木を選ぶかだ。肌の白い北山杉は、いかにも清新な感じがするし、
その他、桜、アカマツ、椿、百日紅(さるすべり)など、凝った材木もいくつか置かれていた。

そのうち主人が、「これが、あすなろですよ」と、今まで見たこともない木を取り出して、見せてくれた。
あすなろという木の名前と、その名の由来は、親だったか教師からだったか、何度となく聞かされた記憶がある。

あすなろの床柱はとくに、わび茶の茶人たちに好まれたらしかった。というのも、小づくりの茶室建築に、大きな柱組みで応じるわけにはいかない。
明日こそは檜(ひのき)になろうと風雪に耐えて育つ明日檜(あすなろ)の木は、なりこそ貧弱に見えても、実がよくつまって、床をしっかりと支えるにふさわしい木だからだそうだ。
「持ってみればわかりますよ」と、主人にうながされるままに抱えてみると、両手にずしりと重たかった。

音の響きもあって、あすなろという言葉には、これまでなんとなく、夢追人にありがちなか弱さを感じていたのだけれど、
夢の成就とは別に、夢を追い続けることが、堅牢なあすなろの人を作るのだろう、と思った。