去年の夏前のことだが、4月に就職したばかりのゼミの卒後生が、私の研究室をたずねて来た。彼女の会社は横浜にある。やって来たのは平日だから、休暇をとっての訪問だった。こんな場合、会社が合わないとか、精神的につらいとか、ネガティブな訪問も少なくない。
予想に反して、彼女の表情は元気はつらつ、在学当時と少しも変わらなかった。入社したばかりで忙しいのに、わざわざ研究室まで来てくれてありがとうと礼を言うと、訪ねて来たのは、会社からの指示があったからだと言う。
「こんな会社で元気に働いています、とゼミの先生に報告に行きなさい、という社長命令なんです・・」。驚いた。くわしく聞けば、四、五日の有給休暇と旅費付きだった。―今どき、こんな会社もあるんだなあ。
さらに、彼女自身も入ってみて、びっくりしたという話もしてくれた。入社前の会社説明会で配られた用紙に、初任給は19万5千円と書かれていた。相場では、低い部類に入ると言う。ところが、最初のお給料をもらってびっくり、銀行には、きちんと19万5千円が振り込まれていたのだ。リクルート時に提示されていたのは、税金や諸費用が引去られた後の手取り金額だったのである。
曲がりなりにも、私は経営学部に所属しているから、多少は経営学の本にも目を通している。そこに踊っているのは、アメリカの何とかいう学者がこう言っているとか、競争に勝ち抜くための基本的な戦略はいくつあるとか、そんな話で埋まっている。もちろん、入社して◯ヶ月目の社員に対して、大学のゼミの先生に挨拶に行かせよ、などとは書かれていない。
これから何年たっても、企業が人の集まりであることに変わりはない。それなのに、人間味のない経営をすることが、先端の企業マネジメントであるかのような風潮が、年を追うごとに増している。やがて企業は、まっとうな人間に見捨てられるのではないか。
彼女の会社の社名は、太陽◯◯だ。きっと社内の雰囲気も、お日様みたいに、ぽかぽか温かいのだと思う。