もう十年くらい前のことだが、かつての母校W大学を訪ねたことがあった。お昼は、正門へ向かう通り沿いにある洋食屋で食べることにした。その店を選んだのは、そこのハンバーグランチの味がなつかしかったのと、当時、自分たちと同年代くらいの美人姉妹がいて、店を手伝っていたからだ。
姉か妹か、やはり自分と同じくらいに年をとった、昔の面影を残したきれいな女性が注文をとりに来た。メニューには、目当てのハンバーグランチもまだちゃんとあった。
食べていると、低いガラス越しの隣席で、四、五人の男子学生が就職の話をしていた。別に耳をそばだてていたわけではないが、一人の学生が、「俺ってやっぱり、電力会社向きだよね」と言った。えっ、電力会社向きの人間なんているの? 思わず、ガラスの向こうの学生の顔でも見てやりたい気持ちにかられた。
「いいよな、お前は成績いいから」誰かが、うらやましそうに言った。続いて、残りの学生もあいづちを打っている雰囲気が見てとれた。そうか、電力会社って、成績が良い学生が行くところなんだ・・。五年間かけて卒業までに「優」が九つしかなかった自分には、電力会社なんて、はなから選択肢になかったはずだ。
学生は、T電力に入社したのだろうか。もし、首尾よく入社していたとしたら、今、どんな思いでいるのだろう。おそらく、抜群に優秀な成績とW大学の看板を片手に、同輩もうらやむ企業に胸を張って入社したことだろう。そして、今回の事故。
だって、今まで良い思いをして来たんだから、とバッサリ切り捨てることもできる。だが、これまでが順風満帆であればあるほど、挫折感も大きいに違いない。自分とは縁もゆかりもない学生―今はけっこう中堅の社員になっているのだろうが、一人の人間としてみたとき、予期できない人生の彩に、彼のことがなんだか心にひっかかった。
確かに、今回の原発事故を見る限り、T電力は悪くなかった、なんてとても言えない。でも、被害者に対して当然にそうであるように、加害者の人たちにも、何か将来の再生に向けたエールを送るのが、僕たちのとるべき態度ではないかと思う。ガンバレT電力、そして、もし入社していたとしたら、ガンバレX君。