新聞が読まれなくなった。大学の大講義でも、自宅以外で新聞をとっている学生に手を挙げさせると、
数百人のうちの十名くらいだ。だから、新聞を読みなさい、とは私は言わない。
メディアに限ったことではないけれど、ほんとうに人々に要請されるものは、叱咤激励しなくても、
そのもの自身で生き延びていくものだ。冷たいようだけれど、新聞は、もっと、
人の肺腑をえぐるくらいの記事を書いていかないと、生き残っていけないと思う。
と、思っていた矢先、家でとっている朝刊に、切り抜いてとっておきたいような記事に出会った。
テーマは「過労死防止基本法」、記者の署名入りの特集記事だ。
文章は、過労死で突然死した会社員の、残された家族を訪問するところから始まる。
事前に取材の約束をしていたはずなのに、3歳くらいの女の子が、外出着で玄関にぽつんと座っている。
白いワンピースにレースの付いた靴下、赤いエナメルの靴を履いて着飾り、記者が「お出かけ?」と聞くと、女の子は、こくりとうなづいた。
父親は月120時間を超える残業を一年近く続け、34歳の若さで突然死した。取材の後、母親が、女の子が玄関に座っていた理由を話してくれた。
「土曜日はいつもおしゃれして玄関に座っているのです。自分が可愛く良い子であれば、お父さんが迎えに来て、お出かけに連れて行ってくれると思っているんです。
最後は疲れてその場で寝ちゃう。せめて夢の中で、お父さんに会えればいいんですけどね」。
企業社会は、働いているのは人間だ、ということに無頓着。人は機械ではない。睡眠も欠かせないし、
プライベートも必要だ。感情だってある。けれど、短期的利益の追求や社内外の競争激化という現実が、人に血がかよっているという事実を忘れさせている、と記事は続く。
約2時間の母親への取材のあと、記者が帰ろうとすると、女の子は、まだ玄関に座っていた。
母親の言葉通り眠くなってきたのか、小さな背中が前後に揺れている。それでも必死にピンと背筋を伸ばそうとする。
百万言の言葉よりも、この小さな女の子の背中の描写が、「過労死」という無慈悲な現実を浮き彫りにする。