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エッサイ

2013 / 05 / 03

そうだ 京都、行こう。

そうだ 京都、行こう。

今年もまた、もみじの季節がやって来る。おそらく今ごろ関東では、JR東海の「そうだ 京都、行こう」の秋のキャンペーンCMが流れていることだろう。

少しだけ、このCMの仕事に携わったことがある。自分は、営業的な立場だったから、クリエイティブの作業にかかわるようなことは何もしていない。それでも、こうしたロングランを続けている作品の、仕事の末端を担えたことに、少しだけ誇りめいたものも感じている。

もうだいぶ前のことだけれど、同僚の教師が私の部屋を訪ねてきた。「先生、こんなキャッチフレーズを学生が考えたんですが、やっぱり、先生の許可をもらっておいた方がよいと思いまして・・」と、差し出されたたチラシの校正刷りのようなものに、「そうだ 文化祭、行こう」と書かれていた。笑ってしまった。けれど、今でも私の周囲には、なぜか、京都キャンペーンのコピーは、私が考えたものだと勘違いしている人がいる。

私は、時間のとれるときは、家から三十分くらいのところにある毘沙門堂まで散歩に行く。一昨年の十二月の始めのころだった。朝の六時を回ったくらいの時間で、厳しい寒さだった。本堂に続く石段のふもとあたりに、その時間にしては珍しく、たくさんの人だかりが見えた。薄暗い中に、ライトのような明かりもいくつか見えた。ひょっとして、大きな事件でもあったのだろうかと思った。

近寄ってみると、防寒着に身をかためた十数人の集団だった。何をしているんだろう、こんな寒い中で・・、と、いぶかしく思いながら、その横を通り過ぎようと思った瞬間、

「私にアイサツもなしに、通り過ぎようというわけ」と呼び止める声がした。女の人の声だった。ギクリとして、振り返ると、コピーライターの太田恵美(おおためぐみ)さんだった。「そうだ 京都、行こう」のコピーを書いたその人である。

防寒着の集団は、翌年の(つまり昨年にあたるわけだが)秋の京都キャンペーンの紅葉の撮影に、毘沙門堂に集まったスッタフだったのだ。薄暗い中の面々をよく見ると、太田さんの他にも、何人か、その頃いっしょに仕事をした仲間の顔も見えた。

なんだか、十数年前に時計の針が逆戻りしたような気になった。よほど寒いのだろう、中には、手もみをしながら、足踏みしている人もいる。「何か手伝いましょうか」と、太田さんに言ったら、「要らないわよ」と大笑いされた。このキャンペーンで私が役立たずなのは、昔も今も、変わりがないようだった。