検索アイコン

エッサイ

2013 / 05 / 03

ルール

ルール

ゼミの卒業生の一人が、私が前にいた広告会社に転職した。彼女が言うには、「この会社が、入社年次でこんなに上下関係が厳しいとは思わなかった」と驚いていた。私がいた時代も、「一年違えば、天国と地獄」と言われたものだった。

部の雑用も、入社年次が一番下の社員にすべて回ってきた。当然、わり振られる仕事量も一番多い。それだけでなく、仕事が終わってみんなで飲みに行っても、タクシーに乗る順番から(当然、下の者が最後に乗る)、店に入る順番や席順、カラオケを歌う順番まで(下の者が最初に歌う)、きっちりと決まっていた。今だに、その下っ端根性がしみついているのか、酒の席では、周囲の人のグラスの酒が空いていないか、本能的に目がいく。広告といえば、文化方面の仕事だけれど、組織だけは、体育会というか、軍隊形式と言ってもいいくらいだった。

こう書くと、とても時代に合わない組織のような感じがするのだが、当時を振り返ると、けっこうこれがうまく回っていたような気がしてならない。なぜだろうか。

おそらく、この仕組みのかなめは、入社年次という、まったく理不尽で、自力ではどうしようもないところにあるのだろう。いわばこれは、ゲームやスポーツの世界でいうルールなのだ。なぜ、ゴールキーパーだけが手を使っていいの。それがルールだからだ。なぜ、歩の駒は、ひとつずつしか前に進めないの。それが決まりだからだ。いやなら、将棋盤をひっくり返すしかない。

くだんの広告会社では、アイディア出しや、部の会議のときには、上下関係はまったくなし、下の者でも自由に意見は言えたし、良い意見ならどんどん採用もしてくれた。ただし、言葉づかいには、細心の注意が必要だった。

実力主義社会といわれる今日だが、この一線だけは絶対に越えてはいけないという、とても理不尽なルールをこしらえていた方が、まったくのフリー社会よりも、お互い生きていきやすいような気がするのだが、はたして今の人たちの意見は、どうなのだろう。